Biography
ビューティフル・クリーチャーズ

 フロントマンである強烈な個性を持つヴォーカリスト、ex.Bang Tangoのジョー・レステと極めてテクニカルなリード・ギタリスト、DJアシュバを中心とする5人組は、99年に結成しベースとするLAを中心にライヴを行なって、評判を築いてきた。
 その噂を聞きつけ、最終的に契約を交わしたのは、リンキン・パークとサインし大成功を収めた新進気鋭のA&Rジェフ・ブルー。
 彼らはその後、デビュー・アルバムの制作にとりかかる。アルバムのプロデューサーはナイン・インチ・ネイルズ、マリリン・マンソン、ノー・ダウトを手がけたSEAN BEAVAN。
そして遂にデビュー・アルバムとなるその名も『ビューティフル・クリーチャーズ』が完成、このアルバムは本国アメリカでは8/14にリリースとなる。 バックチェリーのようなストレートで疾走感のあるロックサウンドと80年代の香りがほのかに漂うメロディアスな楽曲が売りだ。 このアルバムのリリースに先立ち、オズフェスト2001のセカンド・ステージのトップ・バッターとして6/8〜8/12の期間、全米をツアーし、ディスターブド、ユニオン・アンダーグラウンドらとステージを共にしている。 

★2002年1月、来日直前にWarner Brothersとの契約を切られた状態での来日公演となったが、 東京2days、大阪、名古屋と初の日本公演を大成功に収め、 「夏にまた会おう!!」という言葉を残して帰国。

★ 2002年2月11日
 リード・ギターのDj Ashbaが突然の脱退。バンド側もDjも「脱退した」という投稿をオフィシャルサイトの掲示板で発表。真相は“謎”(どうやら歌いたかったらしい・・・後日談)

★2002年3月7日
  後任のギタリストとしてMichael Thomas(ENGINES OF AGGRESSION、TUFF)が加入。当初は控えめなイメージだったMichae君・・・徐々に頭角を現し、人気もギタープレイの腕も上げていく・・・(笑)

★2002年4月29日 Viper Room, Holly Wood
  KICK OUT企画として、ここに集う方々から手紙を預かり、Aさんを通じてJoeにファンレターを手渡しました♪
「サマソニに出られるよう頑張るよ!!」という嬉しい言葉を頂きました〜。(結局出てないけど:汗)

★2003年3月
 なぜかBang TangoでJoe LesteとMichael Thomasが来日(笑) Joeは、年々艶を増していく歌声を披露し、Michael君の気さくな人柄にBCとしての再来日にファンは期待に胸を膨らます。

★2003年4月21日
 帰国直後に、Michael Thomasが突然の脱退。詳しい理由は分かりませんが、Bang Tangoで何かあったのではないかと思われます。しかし、24&25日のライブはDjが助っ人として登場して、ファンにとってはオリジナルメンバーを見れた夢の一時となる。

★ 2003年5月16日
 3人目のGuitaristとしてAngry SaladからAlex Grossiが加入。(Joe曰く、雇ったんだと?from 2005年BURRN!5月号)

★2003年夏頃だったかな〜?(汗)
 Glen Sobelが体調不良を理由に脱退。・・・しかし、気付けばImpellitteriに?!なんでやねーん。代わりにMatt Starrが加入。

★2003年6月
 JVCと契約を交わし、7月からレコーディング開始。

★2003年8月
 2ndアルバムのタイトルは“DEUCE”に決定!

★2004年
 アルバムのmixingは永遠に続いて長期にわたり、その間Beautiful CreaturesとしてのライブとBang Tangoとしてのライブが続く。

★2004年12月頃
 いつの間にかAlexはQuiet Riotに加入し、Mattも消えている(汗)そして、MichaelとGlenが戻っていたり・・・(しかし、完全に戻ったわけではないよう・・・)

★2005年2月
 DEUCEのジャケ画像がオフィシャルにアップされ、発売日が発表となる。

★2005年4月21日
 待望の2ndアルバム“DEUCE”が、いよいよ発売!!!